東京高等裁判所 昭和51年(う)701号 判決
被告人 安形明彦 外一名
〔抄 録〕
一、控訴趣意第一、第二点中、所論が公選法一三八条一項の戸別訪問禁止規定が違憲であることを前提として、原判決には同条項を合憲としたことに法令の解釈適用の誤りがある旨をいう主張について。
所論に鑑み検討すると、公選法一三八条一項は、選挙に関し、投票を得る目的をもってする戸別訪問を禁止しており、右にいう戸別訪問が、その手段方法となっている言論の内容は、選挙人に候補者や所属政党の政見などを提供し、投票を依頼し、ないし候補者の知名度を高める表現行為であるから、その表現内容自体は憲法二一条にいう表現の自由に含まれるものであるが、特定の候補者に投票を依頼し、ないしは特定の候補者の知名度を高める表現行為は、現行公選法のもとにおいては、個々面接、電話による依頼、数に制限はあるがはがき等の文書による方法、テレビ、ラジオでの政見放送による方法、立会演説会の開催など、いろいろの手段方法によって行うことが許されており、戸別訪問の禁止は、投票依頼ないし知名度を高める行為の手段方法のうちの一つを制限しているのに過ぎないものである。したがって、真にやむをえない理由(奥平意見書に引用のいわゆるCompelling reason)のない限り、これを禁止することは憲法上許されない筋合のものではなく、合理的理由があれば、これを禁止しても憲法二一条に反するものではないと解せられる。そして選挙人の居宅その他一般公衆の目のとどかない場所で、選挙人と直接対面し行てわれる投票依頼などの行為が、買収、威迫、利害誘導等選挙の自由公正を害する機会となりうる蓋然性が無視しうる程小さいものであるとは未だ認められない現状においては、戸別訪問の禁止により、投票依頼などの政治的言論内容の表現行為の一態様が制約されるという言論に対する制約の程度と、戸別訪問の禁止により選挙の自由及び公正さが維持増進される程度とを比較衡量すれば、後者の方がより重大であるとした立法府の判断が、未だ合理性を欠くに至っているとは認められないから、公選法一三八条一項の規定が合理性を欠く違憲なものであるという所論は採用の限りではない。
所論中には、選挙制度審議会、選挙管理委員会、自治省等の意見、更には一般新聞報道によるキャンペーン等により戸別訪問の自由化が叫ばれていること自体が、戸別訪問等に弊害の存しないこと、仮に何らかの弊害が存するとしても、その克服の方向は戸別訪問禁止に求めるべきではなく他に求めるべきであること、すなわち戸別訪問禁止に合理性のないことを明らかにしている旨の主張があるが、戸別訪問の自由化が叫ばれていることは、より賢明な立法政策を指向してなされているにとどまるものと解せられ、戸別訪問の禁止が合理性を欠き違憲であることを
示すものと即断しえないことは、言うをまたないところである。
所論は、また、公選法一三八条一項自体が憲法二一条に違反しないとしても、戸別訪問の目的が買収、威迫、利害誘導の目的でなされた場合、戸別訪問の時間が一定の時刻以後の夜間である場合、戸別訪問の時間が合理的範囲を超えて長時間に及ぶ場合、戸別訪問が明白な被訪問者の拒否を無視してなされるような場合に限って適用さるべきであり、これら以外の本件のような場合にまで公選法一三八条一項を適用した原判決は違憲である、というので、更に判断するに、凡そ発生することが危惧される害悪が、言論の内容そのものから生ずるのではなく、表現行為の手段方法から生ずる多くの場合がある。言論の内容自身を規制すれば、表現の手段方法のすべてが禁圧されるのに比し、表現の特定の手段方法で害悪の発生が危惧されるものだけを規制した場合は、言論の内容自身を伝える他の手段方法が禁圧されず自由になしうる状態におかれているでのある。表現の特定の手段方法を禁止するにとどまるような規制は、言論の内容自体の規制を正当化するための害悪より、はるかに小さい程度の害悪しか存在しないとしても正当化されるのである。この場合には、言論の内容自体を規制する法の適用について、その合憲性の判断の基準として明白且つ現在の危険の原則の適用はないと解すべきである。しかして、公選法一三八条一項についてみるに、同条項は言論の内容自体の規制をねらいとしたものではなく、投票依頼という表現行為の手段方法の一つを制限しているに過ぎないものと解せられること、戸別訪問は買収、威迫、利害誘導等の選挙の自由公正を害する機会となり易く、これらの実害発生の蓋然性は無視しうる程小さいものでないことは、前段説示のとおりであり、また、投票依頼という言論内容を表現する行為の手段の一つにすぎない戸別訪問の禁止を正当化するに足らないほど、その害悪が小さいものということもできない。このように戸別訪問という、表現の手段方法を禁止することが正当化される以上、明白且つ現在の危険の原則適用のないことは、当然であり、したがって、原判決には所論の違憲ないし法令の解釈適用を誤ったかどは認められず、論旨は理由がない。
二、控訴趣意第二ないし第四点中、山上和子、松岡直子、松村初枝、山本静栄、近江昌、小磯健治(原判決別表番号1ないし5及び9)方の六戸の関係について、被告人らに対し、公選法一三八条二項違反による戸別訪問脱法の罪(選挙運動のための党名言いあるき)の事実を認定した原判決には事実誤認ないし公選法一三八条二項、二〇一条の一四についての法令適用の誤りがある旨の主張について。
所論に鑑み検討するに、日本共産党の機関紙「赤旗」等の通常の方法による購読勧誘活動が同法二〇一条の一四により政治活動として選挙運動期間中でも自由に行えることは所論指摘のとおりであるが、本来自由な政治活動でも、諸般の事情を総合的に判断し、その行為が単なる政治活動の範囲を超えて法の禁止する選挙運動の性質をも帯びるに至ったと認められる場合には、選挙運動としての規制を受くべきものであることは、すでに前記二において指摘したところである。公選法一三八条二項が、選挙運動のため戸別に政党その他の政治団体の名称を言いあるく行為を、前項に規定する禁止行為に該当するものとみなしているのは、憲法二一条により政党その他の政治団体に加入する自由並びに加入しない自由が保障されているところ、候補者のうち政党その他の政治団体に加入している候補者については、その氏名、党派別、主要な経歴の放送(公選法一五一条)、その氏名、経歴、政見等の掲載された選挙公報の発行(同法一六七条、一六八条)、選挙の当日投票記載所に掲示される候補者の氏名及び党派別の掲示(同法一七五条の二)等の機会に、氏名のほか所属政党その他の政治団体の名称の記載又は放送がなされることになっているから、政党その他の政治団体の名称を言いあるくことにより、その名称を印象づけるばかりでなく、所属の特定候補者の知名度をも高める効果が生ずることに鑑み、政党その他の政治団体に所属しない候補者との関連において選挙運動における公平公正を期するため、戸別に政党その他の政治団体の名称を選挙運動のため言いあるくことを禁止しているものと解せられる。この法意に照らせば、公選法一三八条二項にいう選挙運動のためとは、特定の候補者に投票を得させることに間接的に効果のあるすべての行為を指称するのであり、また、特に一つの選挙区に特定の政党その他の政治団体から立候補している候補者が一名の場合には、政党その他の政治団体の名称を戸別に言いあるくことにより、その特定の候補者に投票を得させる効果があるものであることを立法者において認識して同条項が立法されたものと解せられる。
これを本件についてみるに、原審取り調べの関係証拠に当審における事実取り調べの結果を加味参酌すると、所論指摘のように、更には原判決も説示しているとおり、被告人らが本件当日前記久米川団地の各戸を訪問するに際しては、「赤旗」の購読を勧誘する目的があったこと、また「赤旗」購読の勧誘活動は被告人らの支持する日本共産党の重点的な活動方針の一つであって、被告人らは本件当日以前にも久米川団地付近において右活動をしていたことを認めることができるが、原判決挙示の関係証拠を検討すると、
(一)、原審第一三回公判調書中証人山上和子の供述記載部分によれば、同女は、本件当日の正午ころ、前記久米川団地一八号棟六号室の同人方を訪れた被告人らから「共産党の者です」「赤旗」をと言われ、これを断ったこと、
(二)、原審第六回公判調書中証人松岡直子の供述記載部分によると、本件当日正午ころ前記久米川団地一八号棟七号室の同人方を訪れた被告人大竹が先ず共産党の者だと名乗って、右松岡に対し最初は「赤旗」を買ってくれと言い、更に、同被告人がパンフレットを示して「これを読んでもらいたい」「読んでもらえば内容がわかる」と言い、被告人安形も同じような趣旨のことを述べていたこと、
(三)、原審第七回公判調書中松村初枝の供述記載部分によれば、同女は、本件当日正午過ぎころ前記久米川団地一八号棟四号室の同人方を訪れた被告人らが共産党の者だと名乗り新聞を出そうとしたのでこれを断ったこと、
(四)、原審第七回公判調書中証人山本静栄の供述記載部分によると、同女は、本件当日正午過ぎころ、前記久米川団地一九号棟五号室の同人方を訪れた被告人大竹が同女に対し共産党の者だと言って「赤旗」の購読をすすめたが、これを断ったこと、
(五)、原審第一二回公判調書中証人近江昌の供述記載部分によると、同人は、本件当日前記久米川団地一三号棟二〇六号室の同人方を訪れた被告人らから「共産党です、赤旗を購読していただけませんか」と言われ、これを断ったこと、
(六)、原審第一三回公判調書中証人小磯健治の供述記載部分及び同人の検察官に対する各供述調書を総合すると、同人は、本件当日午後二時半ころ前記久米川団地一四号棟三〇二号室の同人方を訪れた被告人大竹から「共産党の者ですが赤旗を読んで下さい」と執拗に言われたが、結局これを断ったこと、
の各事実が認められ、被告人らは、戸別に、いずれの被訪問者に対しても党名を言っている事実は明らかといわねばならない。所論は、被告人らが「赤旗」の購読勧誘のため身分を明らかにしたに過ぎないというのであるが、そのためには「赤旗」の販売員である旨を告げれば足り(現に当審取り調べの一九七〇年一二月二八日付「赤旗」によれば、「赤旗」の販売員であることを相手に告げて購読勧誘活動に従事している事例も認められるのである)、「赤旗」がその機関紙である党の名称を告げることは「赤旗」の購読勧誘活動に必須不可欠の要素とは認められない。
そして、(イ)戸別に政党の名称を言いあるく本件六個の所為が行われたのは、いわゆる選挙運動期間中であり、本件選挙については、日本共産党から、地方区では野坂参三一人が、全国区では春日正一ほか四名が立候補していたのであるから、本件の党名を言いあるくことにより日本共産党の名称を選挙人に印象づけ、同党所属候補者の知名度を高める効果があったことは否定し難いこと、(ロ)被告人らが携行した「赤旗」日曜版(東京高裁昭和五一年押第二六号の二)は「参院戦特集」と銘打ったもので、第一面及び第四面に同党全国区立候補者春日正一の写真や同立候補者を推せんする趣旨の記事が、第五面に同党東京地方区立候補者野坂参三の写真や同立候補者を推せんする趣旨の記事がそれぞれ大きく掲載されており、被告人らは右「赤旗」を前認定の戸別訪問罪を犯した前記五十嵐シズら四戸の被訪問者らに示し、単に候補者についての報道論評記事の存在を指摘するにとどまらず、これらの記事の内容に言及し、特定候補者の名前を挙げて説明をしていることが明らかであるが、かかる活動が本件選挙に関連して被訪問者に対し前記両立候補者を強く印象づける効果を生むことは客観的に否定できないというべきところ、被告人らは右四戸の被訪問者方では右記事の説明のほかに、右両立候補者に対する投票依頼行為にまで及んでいることに鑑みると、右記事の説明は単なる購読勧誘にとどまらず、特定候補者のための選挙運動として殊更なされたものと推認するのが相当であること、(ハ)被訪問者らの拒絶的態度のため、実際には「赤旗」の記事解説の段階にまで至らなかった冒頭記載の山上和子方ほか六戸において被告人らが戸別に党名を告知した本件行為については、これを個別的にとりあげてみると被告人らの意図は外形上明確とはいえないが、本件一〇戸の訪問が当日の正午前後ころから夕方までの間に同一団地内でほぼ同様の前叙のような態様で連続して行われたことからすれば、被告人らは、「赤旗」の購読勧誘目的とともに、被訪問者らの態度如何によっては、右活動に藉口又は便乗して、「赤旗」等の選挙記事を説明することにより右被訪問者らに対し殊更前記両立候補者を印象づけようとの同一の意図目的を有していたものと推認できること、(ニ)現に、被告人らが党名を言いあるいたとされる訪問先の六名のうち四名が日本共産党所属候補者の選挙運動にきたものと直観をしていたこと、これら諸般の事情を総合的に判断すると、原判決が掲げた七項目の間接事実のうちの右認定事実を除くその余の当否につき触れるまでもなく、被告人らの山上和子方等冒頭記載の六戸に対し日本共産党の名称を言って訪問した各行為は、同条一項の戸別訪問と同じ効果をもつものとして、単なる「赤旗」購読勧誘の政治活動にとどまらず、その範囲を超え、選挙運動の性質を帯びるに至ったものと認定した原判決には、所論の事実誤認ないし法令適用の誤りは認められず、論旨は理由がない。
五、控訴趣意第一、第二点中、公選法一三八条二項の規定が違憲であるとの前提から、原判決の法令解釈適用の誤りをいう主張について。
所論に鑑み検討すると、同条二項は選挙運動のために同条項所定の政党等の名称を言いあるく等の行為が行われた場合に限って、前述した趣旨から、同条一項と同じような効果をもつものとしてこれを脱法行為として禁止しているのであって、それが法の許容する政治活動として行われた場合まで禁止するものではなく、政治活動と選挙運動との間には区別の存することは前叙のとおりであるから、脱法行為を禁止することが政治活動の自由に対し抑制的な効果(前出Chilling effect)をもついわれはなく、同条二項の脱法行為禁止条項は前記三において同条一項の規定について説示したと同一の理由により、所論の憲法各条項に違反するものではないというべきである。したがって、原判決には所論の違憲ないし法令の解釈適用を誤ったかどは認められず、論旨は理由がない。
(木梨 時国 佐野)